研究会便り

「食育が健全な人格をつくる」
盛岡スコーレ高等学校校長 
岩手食文化研究会副代表  宮本 義孝


躾としての食

食事を、一緒にとるということは、つまり、躾の問題。 それから、人間関係。また、その家が持つ、あるいはその地域が持つ食の文化。 そして、先ほど話したような、健康とか生活のリズムなどにつながってくるんです。 孤食であるということは、そういうことが失われるんです。

それで、まず躾のことで話をします。私は、子どもの頃に、あの当時はどこの家もあまり裕福ではなかったけれど、食事はみんなで一緒にするのがあたりまえだったんです。 その食事の時に、私が一番、母親に言われたことは、残さず食べるということでした。 うちの両親は特別学問があるわけじゃないから、自分の思いを正確に言葉で表すってことはできませんでしたけれど、聞いていると、思いは分かるんです。 言いたいことは二つあるんです。ひとつは、例えば、われわれは魚だとかお肉だとかを食べます。 「残すな」ということは、魚とか肉とかにも命はあるんです。人は自分が生きるために、他から命を頂いている。だから命に感謝しなければいけないっていうことなんです。 また、ご飯にしても、粒粒辛苦っていうか、お米の一粒々が、作った人の汗と苦労の賜物。だから、残してはいけないってことなんです。

もうひとつは、料理を作ってくれた人に感謝をするっていうことなんでしょうね。 つまり、その奥には、命と命、心と心の向き合いがあるんです。 で、それをしょっちゅう言われると、思わず食べる時には手を合わせて「いただきます」って言葉が出てくるようになるんです。 お弁当なんか食べる時、私はふたについているご飯を箸でそぎ落として、まずそれから食べます。貧乏くさいとよく生徒に笑われるんですけど、ケチじゃないんです。今はそういう感謝の気持がなくなりましたね。最近あるホテルで目にしたことなんですけど、若い人たちが朝ご飯を食べているんです。大きいホテルですから朝食はバイキングでしょ。 バイキングというのは食べたいものを好きなだけとればいいわけです。それが、残してるんですよ。パン、半分齧ったまま残してるんですよ。卵の焼いたのも、かき回して残してるんですよ。研修会で借りきったホテルでしたから、多分どこぞの学校先生だったんです(笑)。孤食というのは、多分、そういう躾がちゃんと伝わらないことなんだろうなと思います。

それから、私の家では箸の使い方なんかもうるさかった。持ち方が悪いと、特訓させられましたよ。

私の知り合いの岩大の先生がいまして、オーストリアにスキー留学に行ったんです。その先生は、なかなかの豪傑なんです。 自分愛用の箸を持っていて、食事の時は、ずっとそれで通したんですよ。ある時レストランに入って、ナイフで肉を切ったあと、箸を出してそれを使って食べていたんです。 しばらくして周りがシーンとしてるんで顔を上げてみたら、みんながこっちを見ているって言うんです(笑)。で、つい乗っちゃって、箸でいろんなものをつまんで見せたりしたら、 「あなたにビール奢りたい」っていう人が出てきてね(笑)。 それで、ビール飲んできたなんて言ってました。そういうふうに、いろんなことをきちっと教わる。それらも食事を一緒にすることから学べることなんです。


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