研究会便り

「食育が健全な人格をつくる」
盛岡スコーレ高等学校校長 
岩手食文化研究会副代表  宮本 義孝


人間関係を育む食

それから、人と人とを結びつけるのに、「食」はとても良いはたらきをすると思います。そんなことを考えさせられた例をいくつか紹介します。

私がまだアパート住まいをしていた時のことです。半ドンの時だったと思います。早く学校がひけて帰ってきたんです。で、アパートの部屋の戸を開けたら中に見知らぬ女の人がいるんです。一瞬、部屋を間違えたのかなって思ったんですが、ここは確かに私の部屋なんです。

どういうことかとよく見たら、他にもエプロンをつけた近所の奥さん方が2、3人いて、奥の部屋には子どもたちが6、7人集まっていて、テーブルをつなげてやっぱり何かしてるんですよ。それは、クッキーづくりでした。なんでクッキーかというと、これは家の流儀なんですけども、子どもへのお菓子などは自家製、これが家内のこだわりだったんです。

私らに子どもが生まれた時、仲間の先生方がお金を出し合って、お祝いをしてくれたんです。それでオーブンを買いました。子どもには、自分の手を通したものを食べさせたい。だから、家内はそれで、クッキーもパンも作りました。それから、ジュースなんかも作りました。ほとんど中学を卒業するまで、子どもたちは自販機のジュースなんか飲んでないんです。ジュースなどは、例えば黒豆を煮ますね、煮ると汁が出ます。それに三温糖とクエン酸を入れて、それで黒豆ジュースを作るんです。で、ちょっといたずらして、レモンね、レモンの汁をそこに入れてやると黒い汁がパッと赤くなるんです。子どもたちは目をまんまるにして、「あれっ、何」って言ってますけどね。そういうことがいつもなんです。だからマルメロだとかイチゴだとかブドウだとか、そんなのが採れる時期になると、子どもたちを手伝わせてジュースだとかジャムだとか、そんなのを作るんです。家の納屋には、それ用の大きな鍋が2つ3つ置いてあります。

で、クッキーを作った時のことです。うちの子どもは、それを袋に入れて近くの公園で食べていたんです。そしたら、そこにいた小学5年の男の子が、寄ってきて見ているので、うちの娘がね、あげたんです。食べると結構美味しいんです。それで、その子がうちの娘に、「これ、どこで買ったんだ。仙北町の生協か」って、こう聞いたんですよ。娘は「いや、うちのお母さんが作った」って言ったんです。その男の子は、帰ってお母さんに談判したそうです。「お母さんも、俺の母親なら、これくらいのことはしてくれ」って(笑)。そしたら、そのお母さん、困ってね。それでうちに来たんです。同じ作るんなら声をかけて、みんなで一緒にやりませんかっていうことになって、集まったんですね。

で、その時は「動物園」がテーマでした。自分の好きな動物を作って、それに卵を塗ってオーブンに入れて、出来たのはみんな一枚ずつ写真を撮って、参加した子どもたちに配りました。その小学5年の男の子は、カニを作りました。ほんとに上手にできました。

その男の子は、そのカニを、自分の家の仏壇にあげていたんですけど、「もう、食べたら」といくら言っても手をつけなかったそうです。1週間たってカビが生えて、結局は捨てちゃったんですけど。それをきっかけに、近所の子どもたちもお母さん方もすごく仲良くなったんです。何か行事をやる時も、みんな一緒に協力してやるようになったんです。

今、私らは滝沢村に住んでますけど、近所には、将来、家を建てるために土地だけ買って空き地になっている所があるんです。子ども会の役員をしていた時は、そこを借りて、土地を持っている人も、草ぼうぼうにしておくよりもその方が良いと思ったのでしょう。

そこで、サトイモだとかジャガイモだとかカボチャなんかを作ったりしたことがあります。朝、学校に行く時、見ると、勤めの休みのお父さんたちなんでしょうね、ボランディアで草取りなんかしてるんです。そんなのを見ていると、ああ、こうやって、人はつながっていくんだなって思ったりします。収穫の時期には、みんなでイモノコ汁なんかを作ったりしました。

それから、私が子どもの頃、私の家には煎餅を焼く型押し器がいくつかあったんです。菊花流水の紋様がついていたもの。この間、ステーションデパートに行ったら、お店の前にそれが二つ三つぶらさがっていたんで、ちょっと懐かしくなりました。「これ、売るんですか」と尋ねたら、店の人キョトンとしてましたけど。

昔はテレビもない時代でしたから。それに、お菓子なんか今と違ってそんなに豊富にあったわけじゃないんです。それで、夜になると、父親と一緒によく煎餅を焼いたもんです。小麦粉を少し固めに練って焼くんです。市販されている南部煎餅のような美味しいものではありません。でも、それに水飴なんかを挟んで食べると、それはそれなりに美味しく食べれたんです。ほかにも、家にはカルメラ焼きとか諸越の押し型など、いろいろありました。

それで、それらを作っている時は、決して黙々となんてことはないんです。結構お喋りをするんです。例えば、当時、熊沢天皇という人がいて、昭和天皇の回る先、必ずそこに現れて、「私が、本当の天皇だ」って言っていたんです。自分の家の系図なんかを見せたりして。そんなことが、ニュースなどで騒がれていたんですけど、そんな時、父親は南北朝の話なんかをしてくれるんです。「親父って、意外と物知りだな」と思いました。 その他、自分の生い立ちだとか自分の子どもの時の話などもするんです。話をしていると、父親の生きた時代や父親のことなどがよく理解できるんです。で、私も喋ります。学校の様子だとか友だちと喧嘩したことだとか。すると、いろいろアドバイスしてくれるんです。こんなふうに、一緒に作ったり食べたりするということは、人と人とのコニニュケーションを育むきっかけになるんです。

もうひとつ。うちの子どもらは、男の子でも台所に入れて、よく家内は手伝わせていました。初めは、「火、ちょっと弱くして」だとか、「鍋のふた、取って」とか、だけどそのうち、「今朝、初めてカッコウの鳴き声を聞いたよ」とか、「ホトトギスが鳴いているから、もう、寒さは後戻りしないよ」とかね、そんな話になっていく。そのうち、「お前、このごろ暗いよ、それじゃぁ、女の子にもてないよ」なんて、なかなか面と向って言えないようなことも言ったりする。息子の方も「これでも、結構、女の子にはもててるよ」なんて相槌をうっている。やはり「食」を通して、大事なことが「身につく」「出来てくる」ってことがあるんです。


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