研究会便り

月例会<食・農塾>~「食」からの被災地支援~

日程
2012/3/11(日)
プログラム)
1.報告 ボランティアセンター・川井キャンプ訪問報告
2.講演 「食」からの被災地支援
  講師 藤原りつさん
     東谷幸子さん

1.報告会

事務局の方から、23年11月に行った、ボランティアセンター川井キャンプでの活動の様子(こちらの記事参照⇒)、その後、参加者の方から頂いた感想などを発表、報告しました。


2.講演会 「食」からの被災地支援

 

参加者:約20名


左:東谷さん、右:藤原さん


<東谷さんのお話>
~「震災で、皆には経験できないことを経験させてもらった。勉強させてもらった。」~


東谷幸子さん

大槌町吉里吉里地区。
震災で、家屋、漁業施設等が流出するなどして被災。
翌日から避難生活の中、避難所料理班長として陣頭指揮を取り、5か月間炊き出しを続けられた。
現在は仮設住宅に住まわれ、支援員の活動に従事。
県が認定する、「食の匠」(鮭の紅葉漬で認定)。



震災時の様子を語る東谷さん


・震災前、一家で養殖漁業を営む漁家。きつくて大変と言われた仕事だが、苦と思ったことがなかった。
・どんなに忙しい中でも、1日1回(夕飯)は必ず家族で食事をとることをモットーにしていた。
〝みんなで食卓を囲むことがとても大事″といつも考えていた。


○2011年3月11日に震災…、そして炊き出し開始

・東谷さんは家屋を流出され、避難所生活を余儀なくされた。
・震災直後の混乱時、小学校に約300人、お寺に約200人が避難。
・「命がなければ何もできない!とにかく何か食べさせることが第一優先」という強い思いと、ご主人の後押しもあって、防火クラブや家族よりも優先して避難所に向かい、震災当日の夜から、率先して、避難先の小学校の調理室で炊き出しを開始。
・その後、食材を載せたトラックが通れるように道路を確保。


○避難生活と炊き出しの日々

・生活できるところはもう避難所しかないという覚悟、避難所でどうやって生き延びて、皆に平等に食べさせるのか… 頭を悩ませる日々。
・大きな避難所では、物資が一か所に降ろされるため、東谷さんたちは、日々の炊き出しの他、近隣の小規模避難所に町名ごとに分配の仕事も。


○2011年4月29日、避難所が中学校体育館に移転

・当時、避難者のほか、がれき撤去応援者、医療従事者、スタッフを含め450人余が居住。新しい避難所には、料理ができる施設が全く無かった為、自ら町に要請し、調理器具などをなんとか確保。


○炊き出し開始からの東谷さんの生活

・開始から2か月間続いた、ハードスケジュール


朝4時 朝食準備開始 ⇒ 配膳 ⇒ 片づけ ⇒ 10時頃 昼食の準備開始 ⇒ 配膳⇒ 片づけ ⇒ 16時頃 夕食準備開始 ⇒ 配膳 ⇒ 片づけ ⇒ 次の日の分の物資チェック ⇒黒板に次の日の献立書く ⇒ 22時 避難所へ戻る


・限られた食材の中で、病気や年代によってメニューを出来る限り変えた。
・朝食後は、炊き出しスタッフの、必要な物の調達や、家の片づけを優先させ、東谷さん一人で昼の炊き出しを行うこともしばしば。
・若くてまだ余力のあるお母さんたちには、子供たちに自分の作ったものを食べさせてあげられる様に、朝から協力してもらった。


○避難者の増員

・船越地区の方々が約50人、中学校へ避難。
・一日に、1斗から2斗もの米を炊いて、梅干しを入れたおにぎりに。


○他県の栄養士さんの支援

・6月頃から、他県の栄養士さんが炊き出しに協力、日々の献立を毎日記録した。
(画像をクリックで拡大画像)



2011年8月11日、避難所解散、炊き出し終了。

○避難生活中困ったこと、要望

1.排せつ 学校は水洗トイレ⇒ 水の確保がうまく出来ない為、とても不衛生。
病気の温床。共同で使用⇒いつでも自由にできないジレンマ。
2.小学校など避難所になる可能性のある施設には、調理施設を!
器具やテーブルなど、最低限の物は用意しておくことを設置基準に。中学校での一件で痛切に感じた。


○東谷さんの現在

2011年8月に炊き出し終了後は、仮設住宅に移り、現在は、復興支援事業の一環である仮設住宅支援員に採用され、日々、地域の復興にご尽力されている。



<藤原さんのお話>

~女性起業支援で経済を活発化、そして社会貢献へ~


藤原りつさん

大船渡市日頃市。
岩手県職員OBボランティア気仙地域2班班員。(社)農山漁村女性・生活指導支援協会交流サポーター。震災後は、被災地支援のコーディネーターとしていち早く活動、現在は、「大津波にも負けず頑張る母ちゃん!応援隊」の幹事長として、女性起業グループの活動支援、及び応援ツアーの実施、継続の為の組織づくり等、様々な支援活動に関わり、復興支援にご尽力されている。



応援隊の活動について、力強く語る藤原さん


○震災に遭って

・震災時、お住まいの日頃市地区は被害が少なかったが、被害があった他地区から多くの人が避難。
 震災当日から炊き出し。流れてきた米もかき集めてなんとか作った。
・おにぎりは何日後でも固くならずに食べられる様に、①軽く握る、②塩を付けない、③中には梅干しを入れる…ことを決まりにして作った。
・スーパーは、物流が絶たれ品不足の為に規制がかかり、食材を調達することすら困難に。
・米さえあれば…と、米を作っている農家に頼み込んでの米の調達に追われる。
・太陽光発電が出来るようになると、昼の電力でおにぎり作り。


○大津波に負けず頑張るかあちゃん!応援隊 の誕生

・2011年11月4日に、震災後も頑張っている、三陸の農漁家の女性グループの現状を知ってほしいと、三陸復興支援ツアーが開催された。
・その際、藤原さんはコーディネーターとしてツアーに参加、つらい記憶をたどりながら、自らの当時の体験を話し、支援しているグループを紹介。 ・そのツアーに参加された方々から多数の寄付が寄せられ、また、継続的な支援を…という意見を受け、2011年12月1日に宮下慶一郎氏(岩手県職員OBボランティア気仙地区2班班長)と藤原さんが発起人となり発足。
ブログが2012年3月3日に立ち上げられ、定期的に、全国にむけ、支援グループ等の活動状況を発信。


大津波にも負けず頑張るかあちゃん応援隊ブログ

 

○支援協力中の女性起業グループ

・仮設食堂「よってたんせえ」(大槌町吉里吉里)…生活研究グループ「マリンマザーズきりきり」が、壊滅的被害を受けた吉里吉里で、地域の人やボランティアで来てくれている人に食事をとる場を!と、2011年8月19日に開店した仮設食堂。(町内の復興店舗第一号!)
・は、奥州市のレストラン「ロレオール」の伊藤シェフが監修した季節限定メニュー【吉里吉里親子焼きそば】をはじめ、定食メニュー、手作り加工品も人気。


マリンマザーズきりきり 仮設食堂「よってったんせえ」のおすすめメニュー(2012年3月11日現在)



・工房「めぐ海」(陸前高田市竹駒町)…念願の工房が完成し、活動開始してこれからという時に、加工場流出するなどして被災。現在、加工場を自主建設中。5月頃再稼働の予定。
・主力商品は、おやき。中でも「海鮮おやき」は、ツアーでも売れ切れ続出の人気商品。
・産直「小さなやさい屋さん」(陸前高田市竹駒町)…津波で店舗が流出されて被災。1km先で、奇跡的に店舗が大きな破損もなく発見されたことを機に、2011年7月1日、竹駒地区でいち早く営業再開。今後、徐々に規模を拡大予定。地元の新鮮野菜や加工品を販売。


○応援隊の今後の活動予定

・岩手大学の協力のもと、商品開発、加工品の開拓とその販路開拓。
・商品開発の技術研修支援
・応援ツアーの企画、実施 等


~宮下慶一郎 かあちゃん応援隊会長より~


○応援隊について

・震災から半年以上経っても、まだまだ農林水産業の復興は足踏み状態。その中でも希望を失うことなく懸命に頑張っている農漁家の女性たちに寄り添い、共に考え、全面的にバックアップするべく、前述の応援ツアーをきっかけに、この応援隊が発足。
※会長…宮下慶一郎 幹事長…藤原りつ 顧問として、当会の菅原悦子代表も参加。


○隊員、及び支援金の募集

・まだまだ隊員募集、支援金(※2012年12月31日まで)を募集中。詳しくは、上記HPを参照のこと。


◎最後に…

・ご講演頂いた日は、震災から丁度1年の3月11日という特別な日でした。 講師のお二人とも、現地での行事等で大変お忙しい中にもかかわらず、広く被災地の現実を知ってほしいという思いから、当会の為に、貴重なお時間を割いてご講演下さいました。
この場を借りて、お二人に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。


(井上)